STORY
第9話 奈落の鼓動 前編(1)
そんなナイト達が街に潜入する前に話は遡る・・・。
「・・・・・・このような状況から」
ミオの裁判の終結の時が刻一刻と近づいていた・・・が。
「・・・」(周りの騎士は6人、いや両隣入れて8人・・・)
脱出に必要なさそうな事は全く聴いていないミオ。
「この件には未だ不明な点も多い!」
「今回の一件、私は調査の不十分さを感じております」
「このような重要な事柄において十分な調査をせずに裁判にかける事に、私はこの場で抗議の意を表明させて頂く」(この喋り方・・・疲れる・・・)
「・・・」(槍が5人、剣が3人、2階に吹き矢3人・・・)
「・・・」(って・・・あの人・・・あんな話し方できたんだ・・・)
トルエノの裁判の存在そのものを否定しかねない発言に騒めく人々・・・。
しかしその大半の意見は否定的な意見のようだった。
「皆様、静粛に・・・」
「・・・」(そうね・・・10分・・・10分あれば行ける・・・)
そんな事を思っているミオに裁判官が声をかける。
「被告人・・・何か意見はありますか?」
「・・・!?」(今・・・貴方が天使に見える・・・!)
「では、折角なので・・・」
「まず、私はこの件で裁かれるような事をした覚えはありません」
「次に・・・私はやってもいない事で裁かれたくはないです」
「・・・最後に・・・生憎私には死んでる暇なんてない・・・なので私は私の意志でここを出ていかせてもらうことにします」
そう言ったミオの手には既に拘束は無く解けた縄が握られていた。
「・・・・・・」(へぇ・・・縄ぬけ上手いんだな・・・)
「何故だ先ほどまで確かにしっかりと縛って・・・」
「そんな事を考えるのは後だ!早く大人しくさせるぞ!」
そう言い剣を抜こうとする騎士達だったが・・・。
「少しぐらい考えた方がいいかも・・・そんな事ってやつ・・・」(縄なんて・・・棘付きの手枷とかに比べたら・・・)
「な、なんだ・・・これは!?」
ミオは先程まで自らを縛っていた縄で騎士達を縛ると駆け寄ってきた槍を構えた騎士の方へ思いっきり押した。
倒れてくる仲間に思わず槍を逸らしたが彼らの下敷きになっている・・・。
そこから槍を拾い上げるミオ。
「この槍・・・借りるよ」(貴方が仲間思いでよかった・・・)
「・・・」(あと5人・・・)
ミオは手にした槍をクルッと回し取り囲んだ騎士達の中の1人に切っ先を向ける。
「大人しく諦めろ!逃げ場はないぞ!」
「逃げ場?」(今逃げ場を作っているのは自分達なのに・・・)
そんなミオを2階から吹き矢を構えている影・・・。
「ダメだ・・・この位置では見方に当たってしまう・・・」
「・・・」(でも、このまま動かなくてもいつかは吹き矢が飛んでくる・・・)
「仕方ない・・・少し移動するか・・・」
「なんだどこ行った!?・・・ゲホッ」
腹部に走る痛みに跪く。
「・・・一応・・・人は斬らない主義なの・・・」(これで2本目)
槍を向けこちらに向かってくる騎士団員にミオは槍を半分程に折り投げた・・・その槍は思わず身構えた騎士の横を何事も無かったかのように通り過ぎた。
だったはずなのだが・・・。
「な、なんでこっちに飛んでくるんだ〜!」
その後方にいるいかにも気の弱そうな騎士の頭の上に突き刺さっている・・・その後続けて投げた2本目はさらに遥か上に刺さっていた。
「嘘だろ・・・壁に突き刺さってる・・・?」
彼はもうそのことで戦意を喪失しているようだった。
「・・・」(あの人・・・ここにいない方が・・・)
「これ以上好き勝手にはさせられん!」
そう言い槍を振ろうとした手首を何かが掴む。
「好き勝手にさせてくれてたら・・・私はこんなことしなくて良かったんだけど・・・」
そう呟き鳩尾を軽く膝で蹴り怯んだ騎士の手に握られていた槍を蹴り上げる。
・・・だが思った以上に手の力が抜けていたのか弾かれた槍が騎士の柄部分が顎付近に直撃した。
倒れた騎士に触れ思わず様子を確認するミオ。
「・・・大丈夫みたいね」(少しやり過ぎた・・・でもこれで足りるはず・・・)
そうして手にした槍をすぐさま先程刺した2本の槍の上を目がけ投げるミオ・・・。
無事に刺さってはいるようだが・・・。
「・・・」(少し刺さりが甘いかも・・・力が足りなかったみたい)
そんな中、周囲に増援を求める声が響きわたる。
「でも・・・やり直す時間もない・・・」
そう言い壁に向かい駆け出したミオの前に2人の騎士が飛び出して来たがその向けられた槍の上を踏み、飛び越えたミオは壁の槍を足場に2階を目指していた。
そんな時に1階の入り口側から姿を表したトルエノ。
裁判官などの無関係な人の避難と増援を呼ぶと言う理由をつけて離れていたが、副団長と言う立場もあり増援と共に帰ってきたらしい。
到着の遅さを考えるとタイミングを測っていたようだ。
「第二部隊到着!」
「・・・」(・・・結構は派手にやってるな・・・修繕費高くつきそうだ・・・)
槍の刺さった壁を見たトルエノは団員に尋ねる。
「お前ら・・・あれ登れる?」(いっそあの壁のまま訓練施設にでもするか・・・?)
必死に首を横に振る団員達・・・・。
「まぁ鎧重いからなぁ、さてどうするかね」(流石に何もしないわけにはいかねぇからな・・・)
「取り敢えずお前らは階段から上がれ、俺は登れるからこのまま追いかける・・・」
そう言い追い掛けようとしたトルエノを遮るように低い声が響く。
「その必要はない・・・」
「兄貴・・・追わなくていいってどういう事だ?」
そこには黒い斧を持ったエクティスの姿があった・・・。
第9話 奈落の鼓動 前編(2)
「登れないなら落とせばいい」
「・・・!」(・・・落とす!?まさか・・・?)
最後の足場に飛び移ろうとしたミオ・・・。
だがその背後から何かの風を斬る音が聴こえ思わず足場に留まった。
「!!!」
そんなミオの目の前にガンッという激しい音と共に大きな斧が突き刺さった。
「止まらなかったら・・・完全に背中から逝くところだった・・・」
「しかもこの武器・・・少なくとも人間界のものじゃない・・・」(これは・・・)
そんなことを考えていたミオの目の前で刺さっている斧がギギギっと不気味な音をたて振動している・・・。
「嘘・・・でしょ・・・」
斧は壁の破片を飛ばし抜けた斧は使い手の元に戻って行った・・・。
「あれ・・・遠距離武器なの・・・?」(これって・・・また飛んでくるのよね・・・)
「・・・兄貴」(っぶね〜・・・確実に殺す気だったろ・・・)
「・・・」(なんとか時間を稼がねえと・・・)
「・・・ところでどうした?トルエノ」
「顔が引き攣っているぞ?まるで生きて逃したい理由があるみたいだな・・・?」
「・・・俺は女を殺すのは反対なだけだよ・・・」
「お前は女に甘すぎる」
「・・・ここは俺が預かる、お前は負傷者の手当てに回れ」
「・・・」(流石に今武器を出して止めたら・・・周りの団員がパニックになりそうだ)
「不満があるのか?」
「いや、了解だよ・・・団長」(今は信じるしかねぇか・・・どうにか手をうたねぇと・・・)
そう渋々了承した時だったカランカランっという音が響く。
「・・・!!」
自然とその音源を探し視線が集まる・・・。
「・・・・・・」(これはまずい)
視線の先にあったのは2階に登り終えたミオの姿だった・・・。
どうやら刺さりの甘かった3本目が耐えきれずに下に落ちたようだ。
咄嗟に柱に身を隠し様子を伺っていたミオだったがその柱の横を掠めるように飛んできた斧が目の前の壁に突き刺さった。
「・・・」(この高低差で的確に飛んでくるなんて・・・もはや人間業じゃない・・・)
そんなミオの視界の端に映り込んだのは吹き矢を構え近づいてくる影だった・・・。
矢を放とうと吹き矢に口を近づけた時、構えていた吹き矢が突然切断される。
「・・・同じ手は2度食わない」
そう言い刀を構えるミオに驚き思わず尻餅をつく吹き矢使い。
「いつの間に・・・?」
動揺を隠せない様子の目の前の者に目もくれることなく二方向に手裏剣を打ったミオ。
その手裏剣は残り2人の持つ吹き矢に刺さっている・・・。
「ずっとコソコソ様子見られてるより狙って貰った方がこっちも見つけやすい・・・」(吹き矢はもう無いはずだけど・・・)
「それは確かだな・・・」
「・・・!」(斧が抜けて戻るまで時間があると思ってたんだけど・・・)
そこに立っていたのはエクティスだった。
「斧が戻って来ないなら取りに来るまでだ」
「・・・なるほど」
「残念だけど今戦ってる時間はないの・・・」
そう言い走り出したミオだったが容赦無く飛んでくる斧が伏せた頭上を通り過ぎる・・・。
何とか攻撃を交わしつつやっとの思いで身を隠しエクティスの追跡を撒いたミオ・・・。
「・・・」(何とかなったのかな・・・?)
「・・・見失ったか・・・」
ミオを見失ったエクティスはすぐさま動ける団員を集め捜索を命じている・・・。
「逃げた娘はまだ城内にいるはずだ、天井裏含め探せる場所は全て探せ」
「ハッ」
指示を受け団員達は一斉に散開していく。
その頃・・・
「・・・」(兄貴が人員を集めてるって事は・・・今のところは逃げきれてるか・・・?)
「・・・副団長、何を先ほどから気にされてるので?」
「・・・あぁ、ちょっとな」
「兄貴も女相手に本気出さなくてもいいのになぁって」
「ふ、副団長らしい御意見ですね」
「・・・!」
トルエノは巻いていた包帯をギュッと引っ張っている。
「痛いです!痛いです!」
トルエノが包帯を止めて手を放すと団員は安心したように一息吐いて呟く。
「ですが・・・副団長・・・」
「あの娘、瞬く間に我々を・・・あの娘なら1人であの森の団員を壊滅させる事も可能なのでは・・・?」
「それは・・・出来るんじゃねーの?」
トルエノは当然のように答えた。
「!・・・では何故あの時・・・」
「・・・馬鹿かよお前は・・・」
「出来るのと実際殺したかは別問題だろーが」
「ですが!ここにいた者達は・・・!!?」
「やっと気づいたか・・・」
「誰1人死んでねーよ・・・」
「まぁ、怪我といえばいいとこ打撲ぐらいだな・・・ぶっちゃけお前にも包帯はいらなさそうだけど」
「?・・・副団長・・・では何故包帯を?」
「あ?いや暇つぶし・・・」
「え・・・暇つぶし・・・なんですか・・・?」
第9話 奈落の鼓動 中編(1)
呆然としている団員。
「冗談だよ、お前があんまり痛がるからさぁ」
「でも・・・あれだけ実力があれば本気だしゃ、いくらでも殺して逃げられただろうさ」
「・・・」(頭数減らした方が逃げやすいに決まってる・・・)
「それにしても・・・外が騒がしいな」
そう呟き外の様子を見るトルエノ。
「心配なんですか?」
「何が?」
「それは勿論あの娘が逃げ切れるか・・・」
「おいおい・・・何で俺がそんな心配しなきゃいけねーんだよ」
「それは副団長が無実だと信じておられるからです」
「出来る事なら逃げ延びて欲しい・・・そう思われているのではありませんか?」
「・・・・・・お前・・・相当逞しい想像力だな・・・」
「よく仲間に言われております」
「だろうな・・・アハハ・・・」
「って・・・お前・・・いつまでココにいんだよ」
「元気なら兄貴の所に戻れよ・・・召集かかってただろ?」
「それに関しては副団長も同じです」
「俺はまだこの辺の連中の面倒見なきゃいけねーんだよ・・・」(考える余裕がねぇ・・・)
「それに・・・私も口は元気ですが痛いのは変わりませんし」
「ひょっとして・・・お前・・・サボりたいのか・・・?」
「そ、そのような事は決して・・・」
「トルエノ」
「!・・・兄貴」
声をかけて来たのはエクティスだった・・・。
トルエノの後ろで気絶している団員に視線を送っている・・・。
「皆の怪我の具合はどうだ?」
「目立った怪我はないぜ」
「そうか」
それを聞いたエクティスは安心したように言った。
「そのまま休ませてやってくれ」
そう言いその場を去ろうとしたエクティスは足を止め尋ねた。
「トルエノ・・・あの娘が逃げたのはお前の計算の内か?」
「・・・!」(さっきまでと目の色が少し・・・)
「さぁな・・・兄貴こそ何を考えてるか教えて欲しいもんだぜ」
トルエノの目にはエクティスの瞳が少し赤みを帯て写った・・・。
そんな時だった、1人の団員が血相を変えてやってきた・・・。
一方・・・その頃トルエノの部屋付近に辿り着いたミオ。
だが下の階が何故か騒がしくなった。
「何か・・・騒がしい」(でも、どうやら私のことではなさそう・・・)
そう思いつつトルエノの部屋に向かうことにしたミオだったが・・・。
「エクティス団長!」
その声を聞きすぐに柱に身を隠し様子を伺う。
「・・・」
「どうした?見つかったのか?」
「い、いえ・・・それはまだ・・・」
「・・・では、何だ?」
団員は慌てた様子で報告している。
「先程付近の森で巨大な鳥を見たと・・・」
「鳥?」
そんな声を上の階で聞いていたミオ。
「・・・・・・」(鳥?・・・大きい鳥って・・・)
「そ、それだけではなく・・・その少し後にピンク色をした変な猫の侵入を許してしまったらしく・・・」
「・・・」(?・・・ピンクの猫・・・ね)
「その後、街の内部で奇妙な猫と銀色の髪をした少年を目撃した者がごく僅かではありますがいる模様です」
「方法は不明ですが銀髪の少年もこの街の外からの侵入者だと思われます」
「・・・」(・・・ものすごく想像しやすい取り合わせ・・・)
「・・・」(・・・でも何故ここに・・・)
「それと・・・先程逃走した娘ですが、もう既に街まで逃げているのでは・・・」
そう恐る恐る話す騎士団員・・・。
「それは無いとは思うが、確かに街へ逃げている可能性も否定はできんな・・・」
そんな時だった!もう1人・・・外から団員が駆け込んで来る。
「!!!」(この気配は外から?)
「団長!大変です!見回りの兵が何者かに襲われ重症です!」
「何!?何者かと言ったが怪しい奴は近くに居なかったのか!?」
「いえ、その様な・・・?いえ、1人だけ変わった髪色の男を・・・」
「男・・・?ひょっとしてお前が見たのは銀髪の少年か?」
その騎士団員少し考え答えた。
「そ、そうです銀髪なんて初めて見たので間違いありません」
エクティスは少し目を閉じて考え団員に尋ねる。
「お前、襲われた場所は分かるか?」
「はい!」
「ではそこまで案内してくれ私も行く・・・」
そしてエクティスはもう1人の団員に指示を出す。
「お前は他の団員に街に潜伏している可能性がある少年と逃走した娘の探索を並行して行うことを伝達を頼む」
「無論、城内部を探索する者も残しておけ」
そう言い残しエクティスは外に飛び出していった・・・。
「・・・」(あの気配は・・・間違いなくアイツの・・・)
ミオは近くに人がいない事確認すると急いでトルエノの部屋へ向かった。
第9話 奈落の鼓動 中編(2)
「急がないと・・・もし私が感じたのが間違ってないなら・・・」
「お待ちしておりました・・・ご無事で何よりでございます」
女性は部屋の扉を開けミオに言う。
「こちらから速く、他の者に見つかる前に・・・!」
「ありがとう・・・」
ミオが部屋に入ろうとした時・・・ピタリと足を止めた。
「!!!?」(これは・・・魔族の気配・・・?しかも城内から・・・?)
「・・・」(さっきまで何も感じなかったのに・・・?)
すると場内から誰かが助けを求める声が聞こえた・・・。
「!!」
踵を返し向かおうとするミオを引き止める声に足を止める。
「お待ちください!今戻るのは危険すぎます!」
「いくら何でも捕まってしまいます」
「ありがとう・・・でも大丈夫」
「それに、私は貴女が仕えている人に借りがあるの・・・」
「・・・?」
そう言ってミオは来た道を戻って行った。
そうして戻ったミオの目に映ったのは1人の人物を囲むように集まった人だかりだった・・・。
「・・・お前ら・・・こんな所で何してんだ!」
「俺のことは良いから・・・速く仕事に戻れ・・・!」
人々が囲んでいたのは深手を負ったトルエノだった・・・。
「医者は!?医者はまだなのか!」
「・・・」(人が多すぎる・・・今近づいたら捕まえてくださいって言ってるようなもの・・・)
「・・・」(でも医者を探している時間なんてある訳ない・・・)
すると少し前に走って医者を探しに行っていたのであろうか・・・1人の団員が戻ってきた・・・だが息を切らし帰って来た団員の後ろには医者らしき姿は無い。
「!・・・何!?医者が居ない?」
「はい・・・1人は医師の会合に召集され、もう1人は別の町の患者の治療に・・・そしてもう1人は何者かに・・・」
「何と言うことだ・・・ではどうすれば・・・」
「ねぇ、ちょっとそこどいて」
「お、お前は!?どうしてここに!?」
「!!!?」
そう声をかけたのはミオだった。
「お前!トドメを刺しに来たのか!?」
そう言って武器を一斉に向ける団員達・・・。
「貴方達・・・私にそんな物向ける暇があるなら!速く止血しなさい!」
その言葉に周りの人々は騒然としている。
「何と勘違いしてるか知らないけど、私が殺しに来て失敗したならまずその場に帰って来ない・・・」
「た、確かに」
ミオは向けられた武器にそっと手を触れ言う。
「私は貴方達が守ろうとしてるその人を助けに来たの・・・だから邪魔しないで・・・」
「あの・・・これは使えますか?」
そう何処からか帰って来た女性がミオに何かを差し出した。
「・・・これは・・・お酒?」(アルコールも十分強い・・・これなら消毒になる)
「ありがとう・・・助かる」
酒を受け取ったミオはトルエノの元へ歩き出した。
団員達はゆっくりと後退りし道をあけてくれた・・・。
「何で・・・戻って・・・来たんだよ・・・」
「説教なら後で聞くから生きたいなら喋らないで・・・」
「止まる血も止まらなくなるでしょ・・・」
手を床につき起き上がろうとしているトルエノに言う。
「!!っ」
傷の痛みで再び崩れ落ちたトルエノの背に手を伸ばしている。
「少し服、切るよ・・・傷の深さと正確な位置が分からないから・・・」
そう言い血の滲んだ服を少し切り開く・・・。
「・・・背中に一太刀・・・」(不意打ち・・・?)
「・・・」(それにこの傷・・・上に行くほど浅くなってる・・・もしかして身長が低かったから?)
「・・・!」(考えてる場合じゃない・・・早く傷を)
ミオは手にした酒を傷に勢いよくかける。
「・・・ウッ・・・!!」(メチャクチャ染みる・・・逆に気を失いそうだ・・・)
「・・・我慢して、感染症のリスクは減らしたいの・・・」
かけた酒により血が流れ少し見やすくなった傷を確認しているミオ。
「やっぱり出血が多い・・・」(少しだけど闇の力も感じるし・・・)
「普通の方法じゃ難しそう・・・」
「でもこれ位の傷なら・・・なんとか・・・」(治せるかも・・・)
「・・・少し離れてて貰える?」
そう言われ周囲の人々が離れるのを確認するとトルエノの傷に手を置いた。
ミオが目を閉じ集中した後・・・微かに光を帯た手を静かに傷に沿って滑らせた・・・。
その光が消えた頃には傷は殆ど塞がっていた・・・。
「な、何が起こったんだ?き、傷が!傷が治っている!?」
「今・・・俺に何を・・・?」(痛みが・・・だいぶ楽に・・・?)
起き上がったトルエノも状況を飲み込めずにいる・・・。
「別に・・・大した事は・・・してない・・・」
「あくまで・・・応急処置でしかない・・・激しく動くと・・・傷が開くかも知れない・・・」(うぅ・・・昔から治療は苦手だったし・・・)
「!・・・おい、大丈夫か!?」(何が起こったのかも分からねーが・・・顔色が)
「お前達!!一体何処から入ってきた!?」
突然響いた声に思わず視線を送る。
そこには黒装束の人物が立っていた・・・。
第9話 奈落の鼓動 後編(1)
「!・・・アイツは!」
「・・・知り合い・・・?」(次から次へと・・・問題しか起きない)
「知り合いじゃねーけど・・・」
「アイツは・・・オスクリダって言う教団の連中だ」
「何を信仰してるのか知らねーけど平く言うとテロリストみたいな奴だよ・・・」
「どうやって牢から逃げたんだ・・・?」
「・・・じゃあ・・・逃亡友達ってことね・・・」
「・・・でも仲良くできそうには無い・・・」
「・・・ググ」
黒装束の人物に武器を向け距離を詰めようとする団員達・・・。
「待って!・・・その人」
「いえ・・・その生き物に近付かないで・・・!」
「!!!」
「どう言う意味?」
「どうやら彼はすごくお腹を減らしてるみたいだから・・・」
「腹が減ってるって・・・それで近付いたらダメな理由ってのがわかんねーんだけど・・・」
「飯やったら落ち着くのか?」
「かもね・・・彼の食べ物は・・・人間だけど」
「・・・は?」(マジ・・・?)
「だから・・・早く動ける人間を連れて逃げて・・・!」
乱れてい呼吸を整え刀を構えるミオ。
「逃げろって?アンタはどうする気なんだ?」
「私は残る・・・ここで止めなければ国ごと食い尽くされるだけ・・・」
「な、何言ってんだ!俺に女1人置いて逃げろってのか?」
「ましてやこの国に関わることなら俺の問題だ!」
そう言っているトルエノだが完全に完治していない傷の為か痛みで膝をつく・・・。
「多くの人を生かす為にも優秀な指揮官は必要なものよ・・・」
「トルエノ様!」
慌 てて駆け寄る団員達・・・。
「無理よ・・・その体じゃ・・・戦うなんて不可能」(万全でもどうなるのか分からないのに・・・)
そう横を通り過ぎながら言ったミオ。
「それを言うならアンタだって同じだろ?」
「・・・グォォォ」
「!」
黒装束の人物はミシミシと奇怪な音をたて体の形が変化していく・・・その姿を見ていた団員達は目の前で起こっていることが理解できず言葉を失った・・・。
体は既に原型を留めておらず変化に対応できなかった黒装束はただの布切れと化している。鋭い牙が並ぶ大きな口と爪を持つその悍ましい姿は紛れもなく魔族だった。戸惑う1人の団員に容赦無く振り下ろされる爪・・・。
「うわっ」
「・・・少しは逃げる気になった?」
そこには振り下ろされた爪を刀で受け止めるミオの姿があった。
「ともかく速く王子を連れて逃げるべきね・・・生きているうちに・・・」(後悔は先に立たないものよ・・・)
「トルエノ様、私の肩に捕まって下さい」
「何言ってんだお前も怪我してただろ!俺は1人で歩ける・・・」
「そんなことを言っている場合ではありません!私達の今の役目は王子であるトルエノ様をお守りすることです」
「確かにトルエノ様は我々と同じ騎士団の一員として行動を共にしておりました・・・ですがそれ以前に貴方様はこの国の大切な王子です」
「命の重さが我々とは違うのです」
そう言った団員にトルエノは少し声を荒らげている。
「王子だろーが何だろーが、命の重さに差なんてねーだろ!」
「その話は取り敢えず逃げてからやって・・・?」
目の前の魔族の喉元に刀を突き立て蹴飛ばしたミオは呆れたように言う。
「それに・・・命の心配はいらない・・・」
「私は貴方達を死なせる気もないしね・・・」
「・・・・・・分かった」
「悪いが肩を貸して貰えるか・・・?」
「はい、お安い御用です」
そう団員は何処か嬉しそうに答えトルエノと共にその場を後にした・・・。
その様子を確認し少し安心したのも束の間だった・・・目の前で倒れていた魔族が急に起き上がり急に真逆の方向へ駆け出した。
「・・・!?」(あれは!?)
視線の先にあったのは騒ぎが気になってやって来たのだろうか、先ほどトルエノの部屋の前であった女性の姿だった。
彼女がいるのは2階だが魔族にとっては大した障害にはならない。
爪を食い込ませながら勢いよく壁をよじ登っている。
「・・・!!」
その異様な音に思わず身構えた女性にの前に姿を表したのはミオだった。
「あら、ミオ様!ご無事で何よりです」
「それ・・・こっちが言いたいセリフ・・・」(不思議な人・・・状況の割に落ち着いている気が・・・)
そう手摺りを超えながら言うミオに思わず疑問をぶつける女性・・・。
「ミオ様・・・どのようにしてここへ?」
「・・・丁度いい足場を見つけたから」
そう言うと刀を持ち自分が登ってきた方を振り返るミオ・・・。
直後に姿を覗かせたのは巨大な口だった、しかしその頭は振り抜かれた刃により宙を舞う・・・。
「!!!」
その光景に戸惑い言葉を失う女性に対してミオがかけた言葉は意外なものだった。
「・・・貴女、本当にただのメイドさん?」
「・・・え?」
第9話 奈落の鼓動 後編(2)
何のことだか分からないような雰囲気の女性の姿にミオは話を切り上げた。
「ごめんなさい少し気になったから・・・聞いてみただけ」
「取り敢えず近くの部屋に隠れて、鍵をかけて何があっても絶対に開けないで」
そう言い去ろうとしたミオに女性が叫ぶ。
「黒装束の人物を見つけ気になって追いかけここに来たのですが・・・」
「実はこの場所に来る前、同じような人物をもう1人見かけたのです・・・」
「!!!・・・それ本当なの?」
その頃・・・トルエノ達の前には見覚えのある黒装束の姿があった。
「・・・マジかよ・・・捕まえた人数より増えてるとかないわ・・・」
案の定目の前で変異をはじめる姿に絶望を隠せない一同・・・。
「お前らは先に行ってろ、これは副団長命令だ!」
レイピアを構えたトルエノは振り下ろされた爪を紙一重でかわしつつ斬撃を加えていく。
「全く手応えがねぇ・・・」(このままじゃ・・・)
だが首元に向け放たれた突きにより魔族にレイピアが貫通したが・・・しかし・・・。
「筋肉で抜けねぇとか、マジ?」(首の筋肉どうなってるんだ・・・コイツ)
戸惑うトルエノに魔族の顔は心なしか笑ったように見えた。
「・・・笑っやがるし」
振り上げられた爪をレイピアを手放し飛び退くことで避けたトルエノだったが・・・その背は少しずつ血が滲み出している。
「こんな時に傷が・・・!」
思わず再び膝をついたトルエノにジワジワと歩みを進める黒い影・・・。
「どうせ追っかけられるならこんな奴じゃなくて可愛い女の子がいいんだけどな・・・」
そんなトルエノに振り下ろそうとした爪が動きをピタリと止める。
「何で急に止まった・・・?」
動きを止め涎を垂らし出した魔族がゆっくりと振り向いた先にいたのは刀を構えたミオだった。
その手からは僅かに血が流れ静かに滴り落ちている・・・。
「可愛くなくて悪かったわね・・・?」
「!」
「色んな意味で血には勝てないみたいね・・・」
「この生き物・・・さっきより遥かに飢えてる・・・?」
「・・・」(それに・・・今、自分で手を・・・)
凄まじい咆哮を上げる魔族、それは周囲の人間が振動を感じるほどだった・・・。
歩み出した魔族は二足歩行を止め四足歩行で駆け出した。
「アイツさっきより速くなってる」
「ちゃんと来てくれて嬉しい限り・・・」
自分を狙っている様子を確認するとミオは急いで階段を駆け上がる。
時折手摺りの下から伸ばされる手を避け階段を登り終えた頃。
「・・・こんなの外には出せないし、何とかしないと・・・」
手摺りを壊すように爪を立てている魔族から後退りした時だった。
「!!?」
ミオの隣にあった扉が急に弾け飛んで来た。
状況が分からないまま目の前の脆くなった手摺りと共に下の階へ落下したミオ。
激しく全身を強打し意識が朦朧とする中その視界には見覚えのある黒い脚が映り込む・・・。
横になったままその脚を辿るように見上げたミオ。
その瞬間に突き刺すように振り下ろされた爪、それを転がりかわすとすぐさま立ち上がる。
少しクラクラする頭に軽く触れた時チクッという痛みを感じその後はジンジンと脈打つ度に若干痛む。
触れた指先には血がついていた・・・どうやら落下した時に切ってしまったようだ。
目の前の魔族は突き刺した爪を抜いている・・・。
上に登るときに相当暴れたのかヒビが入り崩れ落ちた後方の壁からは僅かに風が吹いているようだ・・・。
「ここは・・・最初通ったとき風を感じた・・・」
壁に気を取られるミオの後ろからドスンという音が聞こえた。
思わず振り返ったミオ。
「・・・あれ・・・2体になってる・・・?」
どうやら扉が飛んできた原因はもう1体の仕業だったようだ・・・。
退路の塞がれたミオは後方の壁の穴に飛び込んだ・・・がその空間は入ってきた穴以外には出入りできる扉もない行き止まりだった。
「・・・この部屋どことも繋がっていないの?・・・」
辺りを見渡し壁を軽く叩いている・・・。
「・・・!」(ここだけ壁が薄い・・・それに変な音が・・・)
「試してみる価値はあるかも」
後ろからガラガラと音をたて魔族が入って来た。
そのままの勢いで突っ込んでくる魔族の足元を滑り抜けかわしたミオ。
攻撃の衝撃で薄い壁は一瞬で破れたようだ。
その先の暗闇に吸い込まれるように姿を消した魔族の後を追うように下へ続く階段を降りる。
「この先・・・」(やっぱり変な音が・・・)
暗闇に踏み入った瞬間にガタンっと足元から音がした・・・。
中へ入ると意外なことに薄明かりが灯っている。
だが足元はやはり暗い・・・。
「長く使われてはいないみたいだけど・・・」
「!!?」
キョロキョロと見渡しながら様子を見ていたミオは足が何かに当たった・・・。
「・・・さっきの魔族の頭・・・」(・・・とんでもない場所に入ってしまった・・・)
それは先にここに入って行った魔族の変わり果てた姿だった・・・。
「・・・そういえば」(死んでも人の姿に戻ってない・・・今までと何かが変わってきているの・・・?)
思わず周囲を見渡し魔族の残りの体を探す・・・。
うっすらと先にそれらしき物を見つけた・・・どうやら頭と胴と脚がそれぞれ別れを告げたらしい・・・。
「・・・魔族の体を切断する刃なんて大したものね・・・」(何か別の力も働いているみたいだけど・・・)
「何にしても不用意に入らない方がいいみたい・・・」
引き返そうとしたミオの後ろにドスンと聞き覚えのある音が響く。
降ってきた魔族と共に多くの瓦礫が降り注ぎ、来た道が塞がってしまった。
「・・・待って・・・戻る道がなくなった」
残された道は1つしか無かった・・・。
「・・・進むしかなさそうね・・・」
「グゥオオオ」
薄暗い中・・・魔族の赤い目が揺れながら近づいて来ている・・・。