 STORY
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第6話 亡くしたもの、消えない記憶 前編(1)

「マッドカーサっていう沼の近くを歩いていた時に・・・」

「・・・!!」

「どうしたの?」

「あの沼・・・何かいる・・・」
視線向けた先で沼の表面がボコボコと音を立てている。
その後一気に沼の表面が盛り上がり凄まじい音と泥を跳ね上げ巨大な水竜が姿を現した。
竜の頭は8個あり、目はそれぞれ6個ずつ・・・赤く不気味な光を放っている・・・・。

「蛇に睨まれた蛙の気持ちが分かる気がする・・・」
様子を伺っていた2人、その少し遠くから微かに声が聴こえる・・・

「うっうっ・・・こわいよ・・」

「子供!?何故こんな場所に・・・」

「泣きたい気持ちもすごく分かる・・・って・・・」

「あの茶色い水竜・・・あの子狙ってる!」
その水竜は一度沼に潜り女の子の方に近づいているようだ・・・

「完全に食べる気ね・・・」

「チェリー、あの子の近くの木に移動して・・・何かあったら援護をお願い・・・」

「私は奴を止める・・・」

「了解!」
そう返事をしたチェリーはあっと言う間に木を駆け上がっていった・・・。

「私も動かないと間に合わなくなる・・・」(それにしても・・・相変わらず木登り速い)

「うっ、うぇ〜ん」
泣きながら後ろへ後退りしている女の子に沼から勢いよく飛び出し口を開けた水竜、しかしその頭は上空から振り下ろされた刃により地に落ちた・・・。
着地したミオの足は湿地の泥の上を少し滑ってから止まった。
ミオは振り返り女の子に尋ねる。

「怪我は・・・無いみたいね・・・」

「1人で家に帰れる・・・よね?」
すると女の子は小さく横に首を振っている・・・。

「それは・・・」(困ったな・・・あまり長居はしたくない・・・)
木の上にいたチェリーが声を上げる。

「ミオ、あの竜様子がおかしい!」
少し水竜の様子を見たミオ。

「・・・」(割とすぐ動き出しそう・・・)
女の子を再び見つめミオは水竜を指差しながら・・・。

「この竜・・・ちょっとしつこそうだから取り敢えず一緒に逃げる?」
そう言われた女の子は小さな声で答えた。

「・・・うん」

「じゃあ、行こう」(後ろは気になるけど・・・)
ミオは女の子の手を取り走り出した・・・。

「チェリー!」

「わかった、援護する」
そうやってどうにか村まで逃げてきたミオ達。

「死にそうだった・・・」
安堵している2人の横で女の子がキョロキョロと何かを探しているようだ・・・。

「あれ?・・・無い・・・?」

「どうしたの?」

「お薬に使う薬草が無くなちゃったの・・・」

「薬の材料?誰か病気なの?」(この子、薬の為にあんな所に1人で・・・?)
女の子は少し俯きながら・・・。

「今ね、お母さん病気なの・・・だから早く良くなって欲しくて・・・」
ミオは少し考えた後・・・。

「うーん・・・じゃあ、私がその薬草探してくる・・・どんなのか教えてくれる?」

「本当!?ありがとう!ミオおねえちゃん!」

「???!お、おねえちゃん!?って・・・何で私の名前を?」

「あのピンク色の鼠さんがそう呼んでたから・・・ミオおねえちゃんって呼んじゃだめ?」

「別にいいけど・・・」(チェリーにまったく動じていない・・・この子いったい・・・)

「やった!」

「あ・・・薬草はこんなのだよ」
女の子が見せてくれたのは・・・さっき取った中で唯一残っていた薬草・・・らしいのだが・・・。

「何というか・・・」(泥まみれで薬草に見えない・・・一応どういう物かは分かった)

「そういえば・・・名前まだ聞いてないね・・・」

「フェダリアだよ」

「フェダリアはお母さんの事・・・大好きなのね・・・」

「うん、この服ねお母さんが作ってくれたんだ」
そう言うと嬉しそうにくるりと回り、手作りの洋服を見せてくれた。

「可愛い服ね・・・」
フェダリアは満面の笑みを浮かべている。
ミオはその笑顔を見て少し安心した。

「私はそろそろマッドカーサに行ってくる・・・」(恐い思いをしただろうから心配だったけど・・・大丈夫そうね・・・)

「気を付けてね!おねえちゃん!・・・」
そう見送られたミオは再びマッドカーサに向かった。

「・・・」
その後はひたすら草と睨めっこしている・・・。

「これ・・・あ、違った・・・」(こっちか)

「これで全部かな・・・!!?」
バチン!勢いよく閉じた水竜の口が音を立てる。

「あ、危なかった・・・」(落ち着いて探し物もできない・・・)

「お前・・・よくも俺のご馳走を奪ってくれたな・・・」

「悪いけど・・・私、急いでるから・・・帰らせてもらう」
その場を去ろうとしたミオの行く手を阻むように水竜の首が滑り込んできた・・・。
第6話 亡くしたもの、消えない記憶 前編(2)

「・・・!!」(近い・・・)

「どうした?もう斬らないのか?」

「・・・斬って欲しいなら斬り落としてあげても良いけど・・・」

「しかし・・・お前」

「妙に美味そうな匂いがするな・・・?」

「本当に急いでるから・・・今日中にこの地を離れたいの・・・」(魔族に気付かれる前に・・・誰かが巻き込まれる前に離れたいのに・・・)

「俺様は今・・・この地を訪れる者に」

「この地にを離れるよりも先にこの世に別れを告げることを強く勧めているところだ」

「だから、お前・・・俺様にクワレロ・・・」

「このヒュドラ様にな!」

「その提案は・・・受け入れられない・・・」
ミオの足にヒュドラの2つの頭が食らい付く・・・。
片方の頭に手を付きそれを軸に交わしたミオだったが・・・もう1つの頭の牙が足を掠った。

「・・・っ!しまった・・・少しだけど肉を持って行かれた・・・」(食べられると・・・まずい・・・)
何とか着地したミオのところにやって来たチェリー。

「ミオ!大丈夫!?血が・・・」

「チェリーこの薬草を持ってフェダリアのところに急いで!」
その時だった・・・以前斬り落としたはずの首がボコボコと音を立て再び頭が生えた・・・。

「頭が生えた・・・しかも2つに・・・増えてる・・・」(もしかして食べられたの・・・?)

「予想以上に美味い肉だな・・・頭も増えて食欲も倍増したようだ・・・!」

「チェリー!急いで・・・」(頭が増えるなんて・・・どんな食欲なの・・・?)

「ミオも逃げようよ!足、怪我してるんだよ!戦えないよ!」

「見て通り・・・状況が変わった・・・簡単には逃してもらえそうには無い・・・」

「だから一緒には逃げない・・・今アイツが食べたいのは私・・・」

「今逃げても必ず私を追ってくる・・・」(そんな状況で村に戻れば・・・村の人も危険になる・・・)

「行って!必ず追いつくから」

「う〜、分かったよ・・・」

「必ず戻ってよ!食べられたら許さないから!」(薬草・・・重い・・・)

「言われなくても・・・大人しく食べられるつもりはない・・・」(とは言え・・・長く戦う余裕はない・・・)

「・・・」(戦って勝てる確率は30%位かな・・・)

「ミオ?その名前聞いたことあるな・・・確か願意の血統を持つ最後の生き残り・・・いや今は死を招く血と呼ばれていたか?」

「道理で美味い訳だ・・・骨まで喰いたくなってきた・・・」
そう言ったヒュドラの牙がミシミシと音をたて鋭く尖った・・・。

「いつの間にか嫌な方の有名人になってる・・・」(・・・生存確率が15%位になった気がする・・・)

「・・・」(どうにかして・・・村までの道が分からないように逃げる方法を)

「それにしても・・・すごい涎ね・・・」(そんなに私って美味しいの・・・?・・・!・・・あれは・・・)
突然走り出すミオ、泥に足をとられながらも辿り着いたのは聳え立つ崖の前だった・・・。

「正にふくろの鼠だな・・・」
そう言い突進するヒュドラの目に映ったものは・・・。

「笑った?」
その直後正面に捉えていたはずのミオの姿を見失った。

「消えた!?」
しかし気づいた時には目の前は岩の壁、激突は避けられなかった。
崖にぶつかり少し動きを止めたヒュドラの頭を渡り崖の上を目指そうとしているミオ。

「それにしてもすごい石頭・・・」(頭・・・崖にめり込んでる・・・何とか飛べてよかった・・・)
そんな事を思っていたらヒュドラの体が小刻みに震えている・・・。

「ギャルルル」

「・・・!動き出した」(復活早・・・)
急いでヒュドラから崖に飛び移ったミオ、強化した刀を岩の隙間に突き刺し何とか登っていた時・・・。

「折れないでよ・・・」
突然激しい揺れが襲う・・・その揺れで刺した刀が傾いて抜けそうになっている。

「・・・!」
思わず下の様子を確認するミオ。
そこにはミオを落とそうと体当たりを繰り返しているしているヒュドラの姿が・・・

「必ず引きづり落として喰ってやる・・・」

「何あれ・・・絶対・・・降りたくない」
やっとの思いで上の方まで登ってきたミオだったがある問題に打ち当たる。

「どうやったらヒュドラを無力化できる?」(元気そうだし・・・)

「そして・・・流石に腕が・・・痛い・・・揺れるし」(足の動きも悪い・・・)
そんな時だったミオはある事に気づく・・・。

「何か・・・」(あの岩・・・割れてきてる・・・?)

「これを登り切れば・・・」
崖の一番上に手をかけ刀を足場に勢いをつけ一回転して登るミオ。足場にした刀は程なくして下へと落下した。

「切羽詰まると・・・頑張れるものね・・・」(ある意味・・・普通じゃなくてよかった)

「・・・」(なぜか普通に登るより回転する方が楽・・・)
登りきってもなお落とそうと崖への体当たり止めないヒュドラ・・・。

「本当・・・執念深い・・・」
ミオは両手で忍刀を具現化するとヒュドラの体当たりでひび割れ、今にも落ちそうになっている大岩の脆くなっている部分にタイミングを合わせ2本の刀を突き立てた。

「これでも・・・食べてて・・・」
大岩にミシミシとヒビが入り、大小様々な岩が降り注ぐ。
ドスドスっと落ちる音が止んだ頃には揺れはおさまっていた・・・。
下を覗き込むミオ、そこには一番大きな岩に動きを妨げられ動けなくなっているヒュドラの姿が・・・。

「食べるには大き過ぎたみたいね・・・」

「私も急がないと・・・」(ヒュドラが動けるようになる前に・・・)
そう言うと足を少し引きづりながらも村に向けて浅い川を歩き始めた・・・。
第6話 亡くしたもの、消えない記憶 中編(1)
その頃チェリーは・・・。

「重い、すごく重い・・・この泥!」
何とも重そうに村を目指していた。
それもそのはず・・・薬草はしっかりと湿地の泥に覆われており小さなチェリーにとっては重い・・・尚且つ遠い・・・。

「あと半分くらいかな・・・」(遠い!ミオ・・・早く来ないかな・・・)
チェリーがそんな事を考えている時・・・。
ザバザバと浅い水辺を歩いて進むミオの姿があった。

「・・・そろそろ道に戻ろうかな・・・」(これで匂いで追うことも難しいはず・・・)
ささっと水から上がるミオ。

「ふぅ・・・なんか今更、足の痛みにも慣れてきた・・・」(何だか・・・少しだけど昔より治りが悪くなってる気が・・・)

「・・・」(追って来てはないみたい・・・?・・・チェリーは近くにいる・・・)
ミオが辺りを見渡すと・・・。

「もう・・・もう・・・足が進まない・・・」
まるで亀のようなスピードで進んでいるチェリーの姿が・・・。

「チェリー!・・・」(スローモーションに見える・・・)

「大丈夫・・・!?」
思わず駆け寄るミオ・・・。

「よかった・・・無事だった・・・」(もうヘロヘロ・・・)

「・・・重かったでしょ・・・私が持つよ・・・薬草」

「・・・ありが・・・と・・・う」
辺りは既に暗くなっていた・・・2人が速く村に戻らなくては・・・そう思い歩き出そうとした時だった・・・。

「・・・!!」(この気配・・・まさか!)
2人の顔色が変わる・・・。

「急に現れた・・・?」

「昼間は何も感じなかったのに・・・」
疲れも忘れミオ達は駆け出した。
もう少しで村に着くそんな時、村の方から聞き覚えのある声が響く・・・だがそれは明らかに悲鳴だった・・・。
辿り着いた先で2人が目にしたものは・・・。

「フェダリア!」
そこに倒れていたのは昼に笑顔で見送ってくれたフェダリアだった・・・夢中で駆け寄り抱き上げるミオ・・・。

「フェダリア・・・どうして?私はそんなに長く過ごした覚えもない・・・関係も何もない・・・まだこんなに小さいのに・・・」(なぜ死ななければならない・・・)
フェダリアは鋭い刃物のようなもので心臓を貫かれており、ミオが来るほんの少し前に息を引き取っていた・・・しかし何故魔族が武器など使ったのか謎でもあった・・・。
フェダリアの服は大量の出血により薄暗い中ですら紺色の服は黒く染まって見えた・・・フェダリアを降ろしたミオの手もまだ生暖かい血で染まっていた・・・。

「何があったんだ?」

「あの子・・・フェダリアちゃんじゃない・・・?・・・何でこんな事に・・・?」
数人ではあったが人が集まって来ていた・・・。

「一体誰がこんなことを・・・」
周りがそんな話でざわめきだした時・・・一人の女性が震えた声を上げる。

「わ・・・私・・・そこにいる子がフェダリアを刺すのを見たわ!」
その女性はミオを指差しそう言い放ったのだ・・・。

「・・・!!!!?」

「私は・・・殺してない・・・」
それを聞いた村人の男性がその女性を諫める。

「ちょっと待てよ・・・あの子・・・フェダリアを抱き上げて泣いてたんだぞ・・・」

「そんなのあの子の自作自演よ!」

「だから・・・私は・・・」
その言葉を否定しようとした時・・・ミオはその女性の言葉の意味を理解した。ミオが殺したと必死に訴える妊婦の女性であったが問題はその後ろに立つ異質な雰囲気の男だった・・・。

「・・・」(脅されているのね・・・2人の命が人質・・・か・・・下手に動けば犠牲者が増える・・・)
男は女性の後ろに立ち女性の顔は強張っている・・・しかし、その表情もこの状況では何ら不思議ではなかった・・・女性の意見に反対するものもいたが後から集まった村人も含めてその目の前の状況と女性の証言により人々は恐怖と不安で正常な判断などできる状態ではなくなっていた・・・一度広がった不安を払拭する事など既に不可能だった。

「あの子が犯人なら捕まえた方が・・・いいんじゃないか?」

「でも、相手は子供を殺すような子なんでしょ・・・下手したら皆殺しにされるんじゃ・・・」
騒めく人々・・・。
そんな中、1人が家から包丁を持ち出して来た・・・。

「・・・」(強い憎しみ・・・でも他の人とは違う・・・これは愛情・・・なの?)

「フィリアさん!駄目だ、近づいたら殺されてしまう・・・」
その女性は明らかに衰弱しており・・・足元も覚束ない・・・。

「どうして・・・?フェダリアを・・・殺したの?・・私の娘を!」
その言葉を聞いたミオは迷う事なく包丁を持っているフィリアに近づく。

「・・・そう・・・貴女が・・・フェダリアの・・・」

「ミオ、危ないよ!・・・」
そんなチェリーを後目にミオはフィリアの前に立った・・・。

「・・・!!?」
今にも倒れそうになりながら突き出された包丁、それを持つ手首を握ったミオ。

「私は、フェダリアを殺してはいない・・・だけど・・・私のせいで殺されたかも知れない」
そう言うと・・・ミオはフィリアの包丁を握ったままの手を自分の首の前に近づけた・・・。

「!・・・???」

「もし・・・貴女がその手で私を殺す気があるなら・・・少し力を入れれば殺せる・・・」

「でも1つだけ・・・貴女に言えるのは・・・私を殺しても苦しむのは貴女自身・・・何も救済はない・・・それでも良ければ・・・刺せばいい・・・」
フィリアは激しく動揺して尻餅をついた・・・。

「どうして・・・刃を向けられて・・・平然としていられるの?・・・私は貴女を殺そうとしてるのに・・・」
第6話 亡くしたもの、消えない記憶 中編(2)

「フェダリアは貴女のことが大好きだった・・・つまりそれは貴女がフェダリアの事を大切にしていたからでしょ・・・?」

「私には愛情とかそういうの詳しく分からないけど・・・大切な人を亡くした痛みは知ってるつもり・・・」

「フェダリアと話したの・・・?」

「でも・・・包丁を持っている手を自分の首に近づけるなんて普通じゃないわ・・・」

「私が力を入れれば死ぬんでしまうのに・・・?」

「貴女は・・・私を殺せない・・・優しそうだもの・・・」

「でも貴女の憎しみは本物だった・・・だけど・・・無抵抗な人間を殺せるほど残酷ではない・・・」
そう言い背を向け去ろうとした時。

「つ、捕まえなくて・・・いいの?あの子」
戸惑う村人の声が聞こえた。

「もし・・・私を殺したい人が今ここにいるなら・・・1つ聞きたい・・・」

「あなた達は・・・人を殺めた時・・・殺めた後、その咎を背負い生き続けることができる?」

「その罪悪感に耐え続けることができる・・・?その覚悟があるなら私を追って来ればいい・・・」
問われた村人達は言葉を失った・・・。
それを見たミオは無言で暗い森へ姿を消した・・・。
そこからかなり離れた場所、月明かりの差し込む木の前に座り込んだミオとチェリーの姿があった・・・。

「何で・・・刃物持ってる人に近づくの?死にたいの!?」
そう怒るチェリーだったが・・・。

「私は・・・どうすれば・・・良かったの?」

「ヒュドラに食べられそうなフェダリアを助けない方が良かったの?」

「・・・」(どちらを選んでも・・・フェダリアは死んでいたの・・・?)

「でも・・・助けても、それ以上関わらなければ・・・フェダリアはまだ生きていたかも・・・知れない・・・」

「殺したのは・・・私・・・私が殺したようなものよね・・・」

「違うよ!ミオがもし薬草を探しにいかなかったら・・・フェダリアは1人でヒュドラのいる湿地に・・・」

「行かなくても・・・良かった可能性もあった・・・」

「私の考えが浅かったせい・・・」

「そうです・・・貴女のせいであの子供は死んだのです・・・」
その言葉と共に氷の槍がミオの肩を貫いた。

「!・・・」
暗闇からこちらに近づいて来たのは先ほど村にいた異質な気配の男だった・・・その姿は次第に姿を変え青白い肌の魔族が現れた。

「正に人の皮を被った悪魔って奴ね・・・道理で気配が薄い・・・しかもこの上なく悪質」

「私・・・ヴェルディスと申します」

「嬉しいですね・・・お誉め預かり光栄です」
そう言い不敵な笑みを浮かべたヴェルディスはミオの足を強く踏みつけた・・・。

「ウッ・・・」(足の骨・・・折れた・・・)

「・・・なっ」(なんて性悪なの・・・)

「申し訳ございません、思わず折ってしまいました・・・」

「しかし、思ったより悲鳴を上げてくれませんね・・・すごく聞いてみたかったのに」

「そうです!こちらの足も折ってみましょう」(我ながら名案です)
そう言いもう一方の足を折ろうとしたヴェルディス、その足を斬りつけるチェリーだったが・・・。

「何ですか・・・?この鼠は?」

「邪魔ですし殺しましょう」

「!!!」

「それに貴女のせいで村人の断末魔を聞き損なったじゃありませんか・・・」(いきなり移動してしまうから・・・)
その間も肩に刺さった槍を抜こうとしているミオ・・・。

「おや・・・思ったより抵抗しますね・・・」

「もう少しあの子供にはギリギリに死んで貰えば良かったですね・・・」(そうしたらもう少し精神的に弱って・・・)
そんな時だった・・・ミオの様子に少し変化が起こる・・・自分の血のついた手を見て少し震えているようだ・・・そんなことは気にせずチェリーを踏み殺そうとしたヴェルディス・・・。

「もう一人・・・貴女のお友達を目の前で死んでいただきましょう」
しかし、ヴェルディスは身の危険を感じたのか思わず飛び退く・・・。

「これ以上・・・私の・・・周りの人間に手を出さないで・・・」

「あの槍を自力で・・・?しかも・・・立っている?骨は確かに折れていたはずなのに」(骨だけ先に再生したのでしょうか・・・)

「ミオ・・?」(何だか・・・いつもと違う)

「これ以上・・・誰も・・・死なせない・・・」
そう言いミオが具現化したのは今まで見たことのない透き通った青白い刃を持つ紫の大鎌だった・・・。

「あんな武器・・・今まで見た事ない・・・」

「闇属性の武器ですか・・・我々闇の住人を闇で斬るなど不可能です」
他の魔族達呼び出すヴェルディス。

「手負いのお嬢様など私が出るまでもありません」(いえ、ただの捨て駒ですが・・・)

「まぁ、そういう事だから悪く思うなよ・・・」(ヴェルディス様・・・悪魔使い荒い・・・)
一斉に飛びかかったはずの魔族達だったが・・・。

「・・・どこに消えた!?」

「数が多いのに手負いの相手を何故見失っているんですか・・・」
その次の瞬間に現れた青白い光と共に一部の魔族達が消滅していく・・・。

「今のは・・・光?確かにあの武器は闇属性だったはずですが・・・?」(そもそも何故・・・闇の武器を?)
考えを巡らせる間にも呼び出された魔族達は消滅してゆく・・・残された者達の前に現れたのは紛れもなく先ほど足を折られたはずのミオであった・・・血に染まった衣服がその傷の酷さを物語る・・・もはや何故動いているのかも分からないほどだった。

「・・・どうやら無痛状態のようですね」(彼らの攻撃を避けてすらいない・・・恐れ入りますね・・・)

「月華閃」
ミオが持つ大鎌の刃が青白い光を放ち振り抜かれた後に残された残光はまるで蒼い月のようなだった。その一撃で残された魔族を一掃したミオだったが。

「・・・いただきです!」
後方から投げられた5本の氷のナイフが空を裂く。

「・・・!」
5本のうち2本は鎌により弾かれたが残りの3本は太腿、腹部、そしてもう1本は頬を掠めた・・・。
痛みさえ感じていなかったミオだが既に多くの傷を負っていた事もありその場で意識を失ってしまった・・・。
第6話 亡くしたもの、消えない記憶 後編(1)

「ミオ!・・・」(どうしてこんな無茶な戦い方を・・・普段なら・・・もっと・・・)

「本当に手間のかかるお嬢さんですね・・・こんなに血を無駄遣いして・・・」

「折角美味しいのに・・・勿体無いじゃないですか・・・」(殺さず連れて来いとは・・・あの方も性格が悪い・・・ですが)

「少しぐらい・・・食べても罰は当たりませんよね・・・?」
そう手を伸ばすヴェルディス・・・。

「ギャー」

「ミオ!起きて!た、食べれちゃう!」
しかし、全く目を覚ます気配はない。

「ミオには手を出させないから・・・」
チェリーは小さい体で必死に守ろうとしている・・・。
そんな時だった、どこからともなく現れた札が張り付きヴェルディスの背が爛れた・・・。

「チッ」(札ですか・・・)

「えらく暴れてくれたようだな・・・ここは私の縄張りである事を忘れないことだ・・・」

「勝手は許さぬぞ・・・氷魔」
そこに立っていたのは白い耳と尻尾を持つ黒髪の女性だった。

「これはこれは・・・狐神様じゃないですか・・・」(これは面倒なことになりそうですね・・・)

「それでは仕方がありません・・・別の場所にしましょう」
そう言いミオを掴もうとしたヴェルディスの手がジューっと音を立て爛れた・・・。

「クッ」(たいしたコントロールですね・・・紙を飛ばしてるとは思えません・・・)

「先ほどの言葉では伝わらなかったようだな・・・」

「私もそこの娘には用事があるのだ・・・故にその娘に手を出すな・・・」

「そして早々に立ち去れ・・・然もなくばこの場で跡形もなく溶かしてやろう」

「おやおや、これはまた恐ろしい事を言いますね・・・」

「仕方ありません・・・今日のところは退いてあげましょう・・・」(もうすぐ夜明け・・・能力が落ちるのに戦うほど愚かではありません)
そう言いヴェルディスは闇の中へと姿を消していった・・・。

「行った・・・?」
そんなチェリーの頭に何かが当たった・・・。

「今日はネズミ狩りか・・・?」
そう言いながら鍵を咥えた狐がクンクンと匂いを嗅いでいる。

「鼠じゃないって・・・え・・・・!」

「無駄口を叩いてる暇はない・・・急ぎ百尾神社に戻る」

「フツマ、カルマ運ぶのを手伝え」

「紅香様・・・何故この人間を助けるのです?」

「事情は戻ってから説明しよう」

「それでもまだ喋りたいなら石像に戻すぞ?」

「いえ、何も・・・」

「イエッサー・・・」
フツマはミオを背に乗せると空間に穴が空いているようにも見える光の中に消えって行った・・・。

「えー!?どこ行くの〜!!!」

「お前は一緒に居なくていいのか?」
チェリーは紅香にそう促され急いで後を追いかけた。
そんなチェリーを見送った紅香・・・。

「さて・・・お前は一緒に来なくて良いのか?蒼月竜・・・」
そこにあったのは月明かりを背に降り立ったシェイドの姿だった。

「フッ、何故我が・・・」

「何か訳ありなのだろう?でなければ色々説明がつかん」

「話す義理もなければついていく理由もない・・・」

「その後・・・その狐神が助けてくれて何とか・・・」

「昔そんなことが・・・」

「・・・分からんことが多い話だな」

「契約した訳でもなく特殊な武器を具現化したり・・・」

「でもそれって、ヴァンと契約する前に一度あったよな・・・」

「確かに・・・ではミオにも仮契約の奴が・・・?」(・・・何でお前ができた?)

「・・・」(こいつら・・・俺のこと忘れてないか・・・)

「そんなことより・・・その大鎌を具現化した時、一体何が起こったんだ?」

「倒れるまで戦い続けることなんて普通ならできないだろ・・・」

「どうやら・・・原因はフェダリアが殺されたこと・・・」

「条件が揃うとフラッシュバックが起こるみたいなの・・・」

「その錯乱状態の時に何かが重なると・・・痛みを感じない状態になるみたい・・・」

「だが・・・そうなると必然的に死ぬまで戦うことになる・・・」

「どうにか・・・それだけでも止める方法ないのかな・・・」

「・・・」

「保留で・・・」

「ずっと気になってるんだけど・・・何でミオはそんなに食べられそうになってるんだ」(やたら皆んな食べるって言ってるよな・・・)

「それは・・・」

「・・・血だろうな・・・」

「血・・・?血がどうかしたのか?」

「血筋・・・と言ったところだ・・・しかも曰く付きのな・・・」

「人間には分からない人が多いと思うけど、ミオが願意の血統だっていうのは有名なの」

「いや、人間でも噂で聞いたことあるって人は多いかも知れない・・・」

「それ、どう有名なの・・・?」

「魔族につけ狙われる血筋・・・」

「それは・・・嫌な血筋だな・・・」

「元々はもっと別の意味を持っていたらしいが・・・」

「その血の味を覚えた魔族達はこぞってその血を求めるようになったのだ・・・」

「結果的にその血を持つ者を付け狙うようになり、ついでに周りの人間も襲撃されたことによりその血を宿したものを・・・「死を招く血」と呼ばれるようになった・・・それが今のファントムブラッドだ」
第6話 亡くしたもの、消えない記憶 後編(2)

「死を招く血・・・ってそんなの・・・」(そんな呼び名って、血なんて選ぶことも変えることもできないのに・・・)

「だが・・・願意の血統は随分昔に魔族に滅ぼされたと聞いていた・・・それに」(あの血筋は本来人間のものではない・・・)

「・・・」
ナイト達の様子を見て悩んでいたチェリー。

「私・・・今から・・・ミオを追おうと思うんだけど・・・2人はどうするの?」

「何で聞くんだ?行くに決まってる」

「・・・でも」

「死ぬかもしれないだろ?」

「何度も聞いたよ・・・って言うより来るなって言われても行くけど」

「・・・私は・・・後を追うのは契約精霊として、守護するものとしては反対だ・・・」

「ヴァン!?」

「だが、私個人としてはナイトの意志を尊重する・・・」

「じゃあ」

「賛成だ・・・まぁ、折角行くんだ・・・」

「お前のその意思をミオに伝えろ、血のために心を閉ざした者にもわかるようにな・・・」

「・・・!あぁ!」(俺も今度こそ・・・約束を守る・・・)

「・・・2人とも・・・ありがとう」

「???」

「おーい、さっきから聞こえてるか?・・・それとも無視か?」

「何か様子おかしいぞ」

「熱中症になったとか?」

「いや・・・奴は前からおかしいぞ」

「お前ら・・・良い加減そのいじりやめろ」

「で、何でまだいるんだ?とっくの昔に動けるようにしただろ?」

「お前らが追おうとしてる小娘の事で気になる事があったから、教えといてやろうと思っただけだ・・・」

「!!!」
思わず耳を疑った。

「気になることって何だよ・・・」

「あの小娘が去っていった時、前方からレイテル騎士団の連中の臭いがしていた・・・」

「それに問題が・・・?」

「大ありだ・・・特に返り血を浴びたあの服じゃな」

「それは危険かもな・・・その状況・・・」

「何で?何で危険なの?」

「確かレイテルの王子宛に殺人予告があったらしくて・・・それがきっかけで取り締まりが厳しく・・・て言うより」

「理不尽になったらしい」

「え・・・それってダメでしょ・・・」

「ダメだろうと何だろうと殺人予告を出された王子の兄貴が騎士団長をやっているのもあって特に警戒しているようだ」

「理由は何であれ急いだ方が良さそうだ・・・」

「だが・・・どういう風の吹き回しだ?」

「風のことはお前の方が詳しいだろ?」

「まぁ、なんだ・・・お前らが小娘の話をしてるのを見て・・・ちょっと人間も全部が悪い訳じゃないかもなと思っただけだ・・・」

「そうか・・・ではお前のその良心に感謝せねばならんな」

「!・・・そんなにあっさり・・・俺の言葉を信じるのか?罠の可能性もあるだろ・・・」

「変な奴だな・・・お前が言ったことに違和感はなかった・・・」

「それに・・・とても嘘をついてるようには見えなかったからな・・・」

「・・・!」

「俺達もそろそろ行くか!」

「ナイト!チェリー!私に乗れ!翔ぶ方が走るより速い」

「だよな・・・!」
そう言いヴァンに飛び乗るナイト。

「あ、ちょっと待ってよ!」
ヴァンが力強く羽ばたいた時、ウルアジスの声が響いた。

「おい、小僧!1つあの小娘に伝えて欲しい事がある!」

「魔族が各地の魔獣に何か吹き込んでいるようだとな!」

「わかった!必ず伝える!」

「フン、ならサッサと行け・・・」

「自分が呼び止めたんだろ・・・」

「よく分からないけど、お前も元気でな!」
そう言い残し翔び去ったヴァンの姿はあっという間に小さくなっていく・・・。

「元気でな・・・か、軽く言ってくれるな・・・」

「・・・自分の思い通りに動かない駒を消しにきたのか?氷魔・ヴェルディス・・・」

「おや、バレてましたか・・・?」

「まぁ、楽しくないおもちゃには興味は無いですね・・・」

「やたら強え人間のガキの次は氷魔が相手とは・・・チッ・・・ホントついてねぇな・・・」
その頃・・・レイテル近辺の森では・・・。

「・・・」(人間・・・か・・・相当警戒されてる・・・)
只々・・・風の吹き抜ける音だけがしているが確実に不穏な空気が流れていた・・・。

「・・・私に何か用事でも?」
そう言った途端予想以上の数の兵に囲まれてしまったミオ。

「とりあえず・・・その槍を下ろして貰えない?」(・・・全然聞く耳無し・・・)

「因みに・・・何で私はその槍を向けられているの?」
その問いに1人の兵士が答えた。

「先ほどこの近辺で我がレイテル兵の一団が何者かによって襲撃を受け壊滅した・・・」

「それで?」

「私がその人達に何をしたっていうことになってるの?」

「襲撃及び殺人・・・だそうだ・・・」

「その裏づけは?」

「その服の返り血だ・・・そうだ」

「根拠はそれだけ・・・?その推測で私を捕まえると・・・」

「状況証拠だけで殺人容疑をかけて無理矢理捕まえるってどうかと思うけど・・・」

「俺も・・・そう・・・いや!そんな事はない!」

「・・・貴方も苦労してるのね・・・」
そんな時・・・突然その場の空気が張り詰めた・・・。

「エクティス団長!」

「・・・・・・」(あれが・・・団長・・・レイテル第一王子・・・)

「話は後で聞く・・・」

「それと・・・早々に捕らえろと命じたはずだが」

「はっ・・・」
そう言われ兵士たちの槍がスッとミオの首元に近づけられた。

「・・・急に動きが良くなったわね・・・でも流石にこの対応は納得できない・・・」
エクティスの指先が微かに動いた次の瞬間ミオの首筋に痛みが走った。

「・・・吹き・・・矢?」(この土地でも吹き矢ってあるの・・・?)
それと同時に周りの兵は槍を納めミオはその場に倒れ込んでしまった。

「護送しろ・・・私は一度城に戻る・・・」
