STORY
第2話 残酷な影 前編
時に魔族は人間を絶望へと突き落す、だがそれは魔族に限った事ではなく人間自身もその原因となりえることを忘れてはならない。人の持つ憎しみや悲しみは予想もしない形で人の前に現れすべてを飲み込み新たな悲しみを生み落とすだろう。
「ところでナイトは何故この森に?」
「食糧を調達に来たんだ、この森の食材が一番だからな」
「食材の調達のために森に・・・」
「と言うより、俺の住んでる村がこの森の中にあるんだ」
「村がこの森の中に・・・!?」(それは、まずい・・・)
その言葉を聞いた途端に顔色を変えたミオにナイトは尋ねた。
「どうかしたのか・・・?」
「そうね・・・どこから話せばいいのか」(私が来たことが・・・?いや、それはありえない・・・)
「単純に言うと、ナイトの住んでる村の人が危ないって事」
「それって・・・どういうことだ?」
「今言えるのは、ナイトを襲った奴が貴方の村を襲いに行く可能性が限りなく高いってこと」
「襲った奴!?・・・あの黒い奴の事か?」
「彼らはしつこい性質で、一度狙った人間は殺さないと気が済まないの・・・」
「それなら狙われるのは俺だけなんじゃ・・・」
「あいつらのターゲットは周りの人間全てに及ぶんだ」
「ナイトの匂いを少しでも感じればね」
「それに・・・さっきの奴は変異種、力が目覚めたばかりでさらに凶暴になっていく時期・・・確実に皆殺しにする」
「そんな!早く村の皆に伝えないと!」
駆け出そうとしたナイトの腕をミオが掴んだ。
「待って!・・・今から行っても間に合わない・・・」(間に合わなければ・・・)
ナイトはミオの手を振りほどいた。
「少しでも助けられる可能性があるんだったら俺は行く!」
「もし、間に合わなかったら・・・敵地に乗り込んで命を落とすことになるかもしれない・・・、それでもかまわないと言うの・・・?」
「そうだとしても見捨てられるかよ・・・家族を・・・」
そう言ったナイトの姿がミオにはどこか亡き兄の姿に重なって見えていた。
「やっぱり・・・行かせられないよ・・・」(失いたくない気持ちは私も知ってるもの・・・)
「どんなに止められても俺は!」
「違う・・・私がナイトの村に行く」
「へっ?」
「私があの魔族を取り逃がさなければ、もう少し危険も少なかっただろうし・・・」
「私の不始末のせい、だから・・・」
「断る」
「まだ全部言ってない・・・」
「でも、そういうことだろ?」
「まぁ・・・そうだろうけど」
「ただ、待つなんて!何もせずに待つだけなんて!俺は嫌だ!」
「イヤだろうとなんだろうと・・・死ぬかもしれないのに」
「待つのが嫌っていう感情一つでこの先の人生すべてを終わらせてもいいの!?」
「今ここで何もしなかったら、俺は一生後悔する」
「そんなの死んでるのと変わらないだろ・・・しかも危険を知ってて女の子に行かせるとかなおさらだ」
「私は普通じゃないし・・・あんな奴には負けない、それに女の子にカウントする必要性もない」(そもそも人間であるかどうかも怪しいとこだし)
「普通じゃないって?」
「ま、まぁ細かい事はともかく、急がないと」
2人の会話を遮るようにチェリーが割って入った。
「今はじっくり話してる場合じゃないよ・・・」
「ナイト、ミオは並みの剣士とかより強いから心配いらないよ。だから村の場所教えて?急がないと間に合うものも間に合わなくなっちゃう・・・」
「口で教えるのはどっちにしても難しい・・・」
「・・・行こうチェリー」
「え・・・ど、どこに」
「村を捜しに・・・」
「!?」
「!?」
第2話 残酷な影 中編
そう言って歩きだしたミオの肩にチェリーが飛び乗り小声でささやく。
「ミオ、ナイトがこれ以上危険な目に会わないようにしたいのはわかるけど」
「一度ナイトも狙われてるんだよ?ここで別行動して襲われたらもとも子もないんじゃない?」
そう目を細め尋ねたチェリー。
「別にそういうわけじゃ・・・ない・・・けど、それ以前に私は奴らに無条件に狙われているようなもの、別の個体が嗅ぎつけて寄ってくる可能性もあるの」
「例え離れてても別の奴に襲われるかもしれないよ?その時はどうするの?」
「どうするのって・・・」
「ナイトはミオと違って武器もないし逃げ切れるかなぁ・・・」
「・・・」
「ナイト、やっぱり道案内だけお願いしてもいい・・・?」
ナイトの前にスタスタと戻ってきたミオはそう尋ねた。
「・・・!?どうしたんだ?急に・・・?」
「そっちの方が、色々都合が良いというか・・・時間の節約になると思いなおした・・・と言うか」
そう言いながらチェリーに視線を向ける。
「私に振られても・・・」
「何かすごく不本意な感じが出てる気が・・・」
「道案内は構わないけど、その前に俺を襲った奴の事教えてくれないか?」
情報を求めるナイト。
その内容はミオの素直な感情からすれば到底答えることのないものだった・・・だが。
「分かった・・・」(あ・・・つい承諾してしまった・・・)
その答えはミオ自身にとっても予想外なものだった、自らの答えに戸惑うミオをよそに会話は進んでいく。
「助かる、ダメもとで言ってみるもんだな」
「今のは、ちょっと意外だったね」
「いや、今のは・・・」
「どうかしたのか?」
そう微笑んだナイトの言葉に詰まるミオ。
「い、いや・・・なんでもない」(タイミング・・・完全に逃した・・・)
「とりあえず話は道案内しながらでいいよな」
そう言い歩きだしたナイトに少し戸惑いながら追いかける。
「良いけど・・・そんなに先ばしらないで」
ナイトの案内で森を進む一行、話題は勿論敵である魔族について。
「じゃあ、あいつらは目の前の奴を手当たり次第に襲うのか?」
「昔は特にその傾向が強かったかな・・・、今は少し違う気がする」
「昔って・・・?いつから戦ってたんだ・・・いったい・・・」
「奴らとは腐れ縁なの、あまり気にしなくていい」
「逆に気になるな、それ・・・」
「まあ、そういわずに」
「ともかく、昔は個々が好き勝手やってる感じだったけど・・・」
「今はどことなく統率がとれてる感じがする」
「組織的にまとめられる実力者が出てきたって感じか」
「そんなところ・・・それともう1つ」
「・・・?」
「面倒なことが起こってる」
「面倒なこと?」
「人間の魔族化・・・」
自らの耳を疑うナイト。
「人間の魔族化ってなんなんだよ・・・」
「詳しくは分からない、だけど・・・」
「それまで普通に過ごしていた人がある日突然、自我を失い暴れはじめ・・・」
「姿を消す、そんな話を近年耳にし始めた」
「精神病とかじゃ・・・」
「その線も調べたんだけど違いそう、町はずれで血まみれの旅人に会ったのだけど・・・」
「その人の話では・・・目の前で突然、友人が人じゃなくなったって」
そう語るミオの目は何処か物悲しく映る
「人じゃなくなるって・・・どういう」
「で・・・その旅人は?」
「亡くなった・・・いや・・・」
「私が止めを刺した・・・」
「今・・・なんて・・・?」
第2話 残酷な影 後編
予想外の答えにナイトは戸惑いを隠せないでいた・・・。
「あれは・・・仕方ないと思う・・・」
「一体何が・・・」
「理由は分からない、だけどもうすぐ息を引き取る・・・」
「そんな時にその人は変異を始めた」
「その人がミオに頼んだんだ」
「自分の友人のようになってしまったら罪のない人たちを手にかけてしまう・・・だから・・・」
「その前に止めを刺してくれと・・・」
「とても勇気のいる決断だったと思う・・・」
「自分の意識があるのにそれを終わらせるという決断をするのは本来とても難しいと思うから・・・」
「・・・」
「・・・恐い?・・・私の事・・・」
いかなる理由があるにしろ人の命を奪っていることには違いない、その問いは自らの感じている罪悪感からだったのかもしれない・・・。
「いや、恐いとは思わない・・・」
「昔何があったとしても、何をやってたとしても・・・今俺の前にいるのは・・・」
「危険を冒してまで俺を救ってくれた恩人だ」
「・・・ナイトって変わってるよね・・・」
「どうしてそうなる・・・」
「い、いや・・・普通なら・・・」
「と言うか、だいたいの人は私のこと怖がるから・・・」(まあ、ナイトは私の血のこと知らないからか・・・)
「・・・?」
ナイトが何かを言おうとした時、チェリーがそれを遮る。
「急いだ方がいいかも知れないね」
「そのようね・・・何かが来る・・・」
ミオ達は後方から猛スピードで近づく何かの気配を感じていた。
「どうしたんだ!?」
「何かがこっちに向かってきてる・・・」
「村まであとどれくらいなの?」
「あそこに見える橋を渡ればすぐだ」
指をさす方に架かる橋を3人の目は捉えていた。
「急ごう!」
駆け足で辿り着いた橋で目にしたのは・・・
橋の床板は所々抜け落ち誰が見ても渡るのは危険だと感じる状況だった。
「何だよ・・・コレ・・・」
「橋の床板が穴だらけだよ、まるで踏み抜いたみたい」
「瀕死の重傷・・・って感じね」(だいぶ重量オーバーなのが通った感じ・・・)
「崩れ落ちていないのが不思議なくらい」(でも・・・これで間違いない・・・この先にさっきの奴がいる)
「ナイト、他に道はないの?」
「あるにはあるが・・・半日はかかる」
「半日・・・!!!」
「その頃には確実に村は無い・・・」
夜も近づき闇を好む魔族達が動き出すまで時間はさほど残されてはいなかった。目の前の村を諦めるか、危険を承知で橋を渡るか・・・その選択肢は2つに1つ・・・。
「渡るしかなさそうね、この橋を」
「行こう」
選択肢は1つしかないのと同じだった。
「・・・来たみたいだな」
背後から感じる視線に振り返ると、そこには黒い獣の姿があった。
「トワイライトウルフ、群れでの狩を得意とする魔獣・・・しかも他にもいるみたいね」(橋の先にも・・・)
「ナイト、悪いけど先に渡る・・・」
「次にナイトが、チェリー後ろは任せる・・・」
そう言い残しミオは壊れかけの橋を素早く走り抜けた。
「うん、こっちの狼の相手するよ」
呟いたチェリーの手首からうっすらと輝く刃が現われる・・・。
チェリーの暗器は瞬く間に周囲の獣を切り裂き、闇へと返す。
「ちっちゃいからって油断してたでしょ」
その頃先に渡ったミオは・・・。
「ナイト!焦らずゆっくり渡って・・・」
「そうしたいのは山々なんだけど・・・」
後ろは敵、橋は穴だらけで不安定なうえに穴の下に広がるのは増水した激流の川・・・とても焦らずにはいられない状況である。そんな中、ナイトの目が影を捉えた。
「ミオ!後ろだ!」
「!?」
振り返るとそこには2匹のトワイライトウルフの姿が、目が合うとすぐさま2匹は飛び掛かってきた。
「やっとお出ましね、でも・・・」
素早く振りぬいたミオの手にはいつの間にか忍刀が握られていた・・・。
「地を駆ける花刃…桜花疾風刃」
その一閃から放たれた光刃はトワイライトウルフを一瞬で葬り去る。
「あと1匹・・・」
残された1匹の攻撃を身をひるがえし避けたミオはその勢いのままトワイライトウルフを崖下へ蹴り落とした。
「他に気配は・・・少なくとも近くにはない」(待ち伏せなんて・・・、知恵の回る奴がいたのね)
ミオがトワイライトウルフを片付けたころ・・・もう一方、チェリーは何かの気配を感じ辺りを警戒していた。
「何だろう、微かに何かの気配が」
そんなチェリーの頭上を大きな影が通り越した。
「な・・・何、あのデカいトワイライトウルフは・・・」(獣のくせに重役出勤とか)
だがチェリーはすぐにその事態の重さを思い知った、チェリーを飛びこしたトワイライトウルフは真っ直ぐにナイトのいる方へ向かって橋を駆ける。もちろんすぐさま追いかけるチェリーだが体格差のためか追いつくことができない。
「私の・・・せいだ・・・」
「あのトワイライトウルフ・・・このままじゃ間に合わない・・・」
「ナイト、伏せて!」
「!!!」
伏せたナイトの頭上をミオの打った手裏剣が通り過ぎた。その手裏剣はトワイライトウルフの目に突き刺さりバランスを崩したのだが
「止まらない!?」
その時だった、大きなトワイライトウルフの重さで橋の床板が完全に崩壊したのだ。崩れ落ちる床を蹴り飛び上がるナイトだが、かろうじて届いた岩はヒビが入ってもろくなっていた。
「しまっ・・・」
当然、ナイトの体重を支えられる訳は無かった。
「ナイト!!」
崖から身を乗り出したミオの手がナイトの手を掴んだ・・・。
そんな2人に向かって落ちたと思われたトワイライトウルフが最後の跳躍をみせる。
「・・・!!!」
「・・・!!!」
「大人しく落ちていればいいものを・・・」
ナイトの体重を支えるためミオに回避の選択肢はない。
「ミオ、俺の手を離せ!このままだと」
「その申し出は受け入れられないし、絶対にこの手を放したりしない・・・」
そう言ったミオの視界のほとんどはすぐさま大きく開けられた口で遮られる。
「これは、きつい・・・」(どうにかナイトだけでも、引き上げないと・・・)
思わず自身の死を意識したミオだったが・・・。
「・・・!?・・・止まった・・・?」
目の前のトワイライトウルフの頭を何かが貫いていた・・・
消滅していく黒い影の中から現れたものはうっすらと風を纏った剣だった・・・。
「これは・・・剣・・・」
「生きてる・・・か?」
「今のは・・・ナイトが・・・!?」